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ミステリドラマ『フロスト警部』 第32話「暗闇のダンス」 [ミステリ]

ミステリの魅力とは何か。それは、人間に関わる現実や事実というリアルなパーツが、リアルな思考によって一つに組み合わされていくプロセスである。


下品な名刑事による巧みな推理(関連付け)

このテレビドラマはミステリであり、推理とそれに基づく事件の解決を楽しむものである。私はその魅力をこれから述べていくのですが、まだ未視聴の方に配慮して、ドラマの前半ぐらいまでしかネタバレにならないようにします。

舞台はイギリスのデントン市。架空の街である。フロスト警部は規律と上司への従順が求められる警察組織の中では浮いた存在である。所属する警察署の署長から呼び出しや指示をごまかしたり、書類仕事が苦手、そしてえげつなくて下品なジョークを得意とする、初老の有能な名刑事である。

どのように名刑事なのか。それはやはり推理である。推理とは単なる犯人当てではない。事件に関わる事実と事実を関連付ける能力のことであり、それによって筋道を見出すことである。

歯磨き粉に着目する

ドラマ中でフロストは、何度も様々なことを疑問に思い、それについて尋ねたり調べようとする。今回フロストが担当した事件は、ゴミ捨て場から発見された死体についてのものである。死体の検死によって、死体の歯に歯磨き粉が付着していたことが明かになった。このことをフロストに報告した彼の部下は、歯磨き粉が重要だとは思っていなかった。だからフロストとスケベ話を続けようとするのだが、フロストは歯磨き粉に鋭く反応した。そして、すぐさま死体の自宅へ赴き、妻に話を聞くことになるのだ。そして、自宅のトイレに行き、こっそりと歯磨き粉の一部を持ち帰ることにしたのだ。

なぜか。被害者が殺される前に自宅にいたのかどうかが明らかになるからだ。だからこそ、歯を磨いていたか否が事件解決の鍵となる。つまりフロストは、こういった重要性をすぐに見抜き、やるべきこともすぐに見出したのだ。一見些細なことも、フロストにとっては明白で重要な意味があった。ちなみに、視聴していた私は、フロストと同じようにすぐに重要性を見出すことはできなかった。だからこそ、「なるほどな」と後になって思うことができた。これがミステリの醍醐味である。

すぐに言質(げんち)を取り、矛盾を見出そうとする

被害者宅に赴いたフロストは他にも新しい発見があった。それは、妻の元に花束が届いていたことである。花束には次のようなメッセージがこめられたカードが添付してあった。「元気出して。ベイリスより」。この親しげなメッセージを送った男(ベイリス)が妻のセラピストであることを知ったフロストは、すぐさまベイリスのオフィスへと駆けつける。

ベイリスの顔には目の腫れがあった。すぐにフロストは気づき、「客からのクレームですか?」と言う。もちろん本心で言ってるのではなく、探りを入れるためである。ベイリスを怪しいと睨んだフロストはさらに次のように言いながらベイリスを追い詰めていく。

フロスト「ジョー(被害者)が亡くなったことはご存知で?」

ベイリス「ええ、ひどい話です。」

フロスト「ほう、誰から聞いたんですか?」・・・(A)

ベイリス「それは、奥さんから・・」

フロスト「いつ、聞いたんですか?」・・・(B)

ベイリス「家内と買い物をしていた時に会ったんです」

フロスト「最後にジョーを見たのはいつですか?」・・・(C)

ベイリス「2ヶ月ほど前です」

こうして尋ね終えたフロストは、「けっこうです。ありがとうございました」と言ってその場を去ろうとする。尋問がすぐに終わったベイリスは拍子抜けして「もう、いいんですか?」と言うが、「何かあったら連絡しますよ」と言い残してフロストは去っていく。

これだけで十分であった。初対面の男にこれだけ聞くことができた。あとは必要に応じて署内で話を聞けばよい。

なぜ十分なのか。上記(A)(B)(C)が本当かどうかは捜査の進展によって明らかになるからだ。もし矛盾点が見出されれば、それを元にベイリスを追い詰めていけばよい。「あなた、前に言ったことと違うことを言ってますよね?」と。これによって事件の真相が明らかになる。短い時間の間にフロストは十分な質問をし、言質を取ったのだ。

人間に関わる現実や事実というリアルなパーツが真実に統合されていく

このように視聴者は、フロスト警部による鋭い推理・着眼・関連付けの連続を楽しみながらドラマを見ていくことになる。つまり、フロストの推理によって事象と事象のつながりが明らかになったり、フロストによって示される新たな発見によって新たな着眼点が示されたりする。こうして、ドラマを見ながら、事実と事実が何らかの形で統合されていくプロセスを楽しむことになる。

もちろんフロスト警部のようなミステリドラマ以外のテレビドラマにもプロセスはある。だが、現実的にありうる一つの真実へ向けて事実が統合されていくプロセスこそがミステリの独自性である。そして、人間に関わる現実や事実というリアルなパーツが、リアルな思考によって一つに組み合わされていくということが、ミステリの魅力なのである。だからこそ、嘘くさいミステリは人気が無く、リアルで、人間臭いミステリこそが人気となるのである。フロスト警部もそのような人気作であると言える。
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「第一容疑者」リンダ・ラ・プラント著 [ミステリ]

警察による広域捜査網が事実を積み重ねていき、そして真実にたどりつくプロセスを緻密に描いた名作ミステリ。



第一容疑者 (ハヤカワ・ミステリ文庫)

第一容疑者 (ハヤカワ・ミステリ文庫)

  • 作者: リンダ ラ・プラント
  • 出版社/メーカー: 早川書房
  • 発売日: 1996/11
  • メディア: 文庫




リアル指向

本書はテレビドラマとして世界的に有名な「第一容疑者」の小説版である。ドラマの脚本を担当したリンダ・ラ・プラント自らが書きあげた。テレビドラマ版では主人公の主任警部ジェイン・テニスンの地道かつ警察の捜査網の広さを活用したリアルな捜査を描くことに成功した。本書でもそれには成功している。テレビドラマ版でのスピーディかつ濃厚な展開に付いていけず、細部の理解に不安を持っている方なら本書で補うといいだろう。また、テニスンがどのような人物として描写されているかを文章で知ることによって、テニスンという一人の女性のキャラクターをよりよく知ることができるだろう。もちろん、ドラマを見てない方にもお奨めである。

本書の舞台はイギリスのロンドン。主人公は、能力を活かす場を与えられずにくすぶっている中年女刑事ジェイン・テニスン。時は1990年。今から16年前という設定である。テニスンは上司や同僚から煙たがられ、せっかくの刑事としての手腕を存分に発揮できずにいた。この、女性であるがゆえの苦しみが本書の筋の一つである。同僚の刑事の突然の病死によって捜査の指揮権を得ることに成功したテニスンであったが、その病死した刑事の部下達には歓迎されない。中でも一人の部長刑事はテニスンが上司の死後すぐに捜査権をもぎ取りしゃしゃり出てきたことに我慢ならず、以後、嫌がらせや嫌みをネチネチと繰り返していくことになる。テニスンの味方は一人もいなかった。彼女の秘書である婦人警官すら「何を出しゃばってるのかしら。嫌な女よね」と陰口をたたく有様である。テニスンの捜査はこのような状況から始まることになる。果たしてどうなるのか。

積み重ねていく事実から見えてくるもの

着目すべきは事件解決のプロセスである。指揮権を引き継いだテニスンが最初にやることは引き継いだ資料を見直すことであった。取り寄せた被害者に関するファイルを見た彼女はその中のある項目に着目する。そして、それがはらむ矛盾点から彼女は疑問を抱き、その疑問が正当なものであるかどうかを確認するために事件現場に自ら赴き、被害者の衣服や靴を調べ、第一発見者であるアパートの管理人に話を聞く。それだけではなく、科研の担当者にも話を聞き、指紋の再採取を頼む。こうして捜査に関する新たな事実をつかんだ彼女は、新任の挨拶を兼ねて部下の刑事達の前で披露することになるのだった。

このように、刑事として行なうべきことを地道に積み重ねていくのである。その先に真実が見えてくる。積み重ねられた事実が自ずと真実を語る、というわけではない。事実は集まれど、真相はなかなか見えてこない。そんな時に開催される捜査会議で改めて事件を振り返り、意見を出し合う。その中のちょっとした着想が新たな進展を生み出したりするのである。しかしその前提として、着々と積み上げてきた事実がある。それがあるからこそ、意見が核心を突くということになるのである。この辺のプロセスを読者は楽しむことができる。

積み重ねられる事実は広域の捜査網によって得られるものである。容疑者について調べていくと、調べるべきことが広がっていく。科研によって示された被害者の(死体の)状態(殺され方)も、捜査網を広げずにはいられない。刑事として、なぜこのような異様な殺され方をされたのかについて着目すれば、それは捜査対象地域を広げることになるのである。そのプロセスは理にかなったものであり、刑事として行なうべき事である。

死体の状態、容疑者、容疑者の過去、容疑者の内縁の妻、容疑者の職場、被害者の過去、死体の発見場所などの、刑事達によって着々と積み上げられていく事実が、終盤になって一つに結びつけられていく。それは共通点を見ることであり、共通点を見るために何かに着眼することでもある。こういった刑事としての知的なプロセスや論理を読者は楽しむことができる。

孤独な女性刑事の戦い

一方で描かれるのは、孤独な中年キャリアウーマンとしてのテニスンである。恋人との関係はどうだったか。閑職に追いやられていた時は関係は良好だったが、捜査が始まってからのテニスンは激務をこなすようになり、次第に恋人ともすれ違っていく。この二人の関係がどのように変化していくのかということも読者は追うことになる。テニスンの仕事は恋人に理解されるのか?二人は互いに求めているものを得ることができるのか?

家族とのこともある。独身の中年女性であるジェインには妹と父母がいるのだが、妹は典型的な専業主婦であり、夫と子供達に囲まれて愛のある生活を送っている。料理が好きで、3人の子供を持つ。対してテニスンは独身であり、料理するくらいなら冷凍食品を買った方がマシであるとする。学校の授業でも家庭科よりも木工を選択した。愛されやすいのはもちろん妹の方であり、テニスンは仕事の関係上、愛を得にくい立場なのだ。

事件解決のために邁進するテニスンだが、家族と恋人に仕事を理解され、癒されることはあるのか。それがなかなか難しく・・・。このように、仕事の最中にも仕事の後にも何かと悩まされるテニスンであるが、キャリアウーマンの鏡として事件解決に進むことになるわけだった。この辺のリアルな描写も読者の共感を呼ぶだろう。

一人の女性主任警部の仕事および私生活上での奮闘と悩みを、著者であるリンダ・ラ・プラントは鋭く冷静な人間観によって読者に示す。テニスンは同僚の男達だけでなく、家族や恋人にも理解されない存在であるが、その理由がきちんと述べられている。なぜすれ違うのか、なぜ愛されないのか、その様を説得力のある形で示すことができているのである。テレビドラマでもそれは示されていたと思うが、文章として切々と述べられているあたりが違うところだ。

そういった人間ドラマをしっかりと踏まえた上で、刑事としての知的で冷静な行動を積み重ねていく様を描いていくわけである。この「第一容疑者」シリーズが「リアルである」と絶賛されるゆえんである。
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